さいごのときまで、もう少し。

どこかの世界のどこか誰かの不幸がひとつ減って、どこかの世界のどこかの誰かに幸せがひとつ増える。

さいごのときまで、もう少し。空が泣くまで、もう少し。




 しとしととした雨は最近降らない。雨の中でもそんな雨の日にしかあの金髪は姿を現さないか ら、あの男と会えない日が続いていた。おかげで桜もすべて散り終えたというのに、何をするにも気が重く、何となく憂鬱だった。
 
  しかしそれでも時間はそんなこと関係ないとばかりに自動的に過ぎていく。春休みが終わって、学年も一つ上がったが、クラス替えも今年はなく、そのことがお れに何らかの変化をもたらすことはなく、やはり気だるい日々が続いていた。そんな中ただ一つだけ変わったことは、剣道場の薄暗く埃の積もった二階部分から たまに女子部の練習を見学するようになったくらいだ。

「おー、本当にいるよ」

今日も今日とて、一人ぼんやりと練習を見学していたらいきなり後ろから声がかかった。

「お前女子部の顧問嫌いだから、女子部にはなるべく近づきたくねェって言ってなかったか?」

そうからかうような口調で言いながら隣に立ったのはウソップだった。上履きと靴下はどこかで脱い できたらしく足の裏につく埃が気に なるようで、片足立ちでもう片方の足の裏をじいと見ている。

「ウソップ。どうしたんだ、こんなとこで」

ウソップを剣道場で見かけたことは今までなかったし、こいつがここまで来るような用事も特には思 い浮かばず不審に思ってそう尋ねれ ば、ウソップはにやにやとやけに楽しそうに笑いながら答える。

「いやあー、噂の真偽を確かめに?」

「噂?」

嫌な予感がする。大抵噂なんていうものは本人にとってははた迷惑なものでしかないのだから、当然 ではあるのだが。

「おうよ。今まで浮いた噂の一つもなかったロロノア君がどうやら恋をしたんじゃあないかってまこ としやかに流れてんぞ」

「なっ」

おれは思わず余裕なくそう返してしまった。これでは認めてしまっているようなものだと、口を閉じ て唇を舐めるものの今更だとは分 かっていた。

「ああ。おれも半信半疑だったんだが、ゾロ、最近言われてみりゃ沈みがちだったし、もしかしたら なあってな。で、恋の助っ人ウソッ プ様の出番だなってな」

そう冗談めかしてウソップは言うが、一体何でそんなことバレちまったんだと思うおれは、それに合 わせて笑うなんてことはできず、む しろ冷や汗をかかんばかりだったのだが、

「で、どの人なんだ?やっぱあれか?憧れのくいな先輩」

と、どうやら剣道部のやつが相手なのだと疑わないウソップに安心する。そうか。そりゃ、急に見学 なんてするようになれば、そう思う か。

「いや。憧れって何だよ。大体おれあの人には何か嫌われてっし。つうか、違うけどな」

「ああ?じゃあなんでわざわざ」

おれはなんて答えようか、若干迷ったが、まあ、嘘を言うのも悪い気がして、おかしくない範囲で正 解を教えてやることにした。そう思 えば、自然と口角はあがり自分でもびっくりするほど楽しげな声がでた。あの男のことを誰かに話すのが嬉しくてたまらないみたいに。

「女好きの友達の運命の人ってやつを探すの手伝ってんだよ」

そう言えば、ウソップはきょとんとして、毒気がぬかれたみたいな顔をした。




 「ナミさあーん大好きだあー」

夜も更け、おれたち以外はみんな寝てしまっただろう静かな船内に、酔っ払ったコックのいつも以上 に浮ついた声が響いた。

 今日はコックの誕生日の前夜祭ということで、ナミとおれという酒に強いメンバーとで酒宴となったのだった。本当はきっと、コックは誕生祝いにかこつけて豪華 な料理をクルーたちに食べさせたかったのだろうが、残念なことに次の港までは距離があり、大食い船長を抱えるこの船の哀れな食料事情によりそれは断念せざ るを得なかった。だが酒は、最近おれがあまり飲まないからかたらふく余っていたらしく、結果今の状況にいたるというわけだ。

 と言うことで、おれたちはそこそこ酔っていた。普段は殆ど酔わないナミも気安いクルーとの酒で珍しくほろ酔いらしく、きゃははと高い声で笑いながらコックに 応えている。そんな中、今日の主役であるそのコックの方は既に目がとろんと溶けて話すペースもゆっくりになり、大分怪しくなってきていた。おれやナミの ペースに合わせているから、当然と言えば当然だ。

「私もサンジ君のこと大好きよー」

「本当ですかぁー、なんて僕は」

そうコックがいつものようによく回る口でナミに美辞麗句を並べようとしたところで、それはナミが いたずらっぽい微笑みで言った言葉 に遮られた。

「でも、サンジ君が一番『大好きだあー』って思ってるのはゾロでしょ」

そんなナミの物真似付きの言葉に、コックはきっとわたわたと可哀想なくらい慌てて「おれが好きな のはナミさんとロビンちゃんです よ」とか言い訳をするのだろうと、その様が目に浮かぶようで、ニマニマしながらおれはコックを見ていた。が、

「そうなんですよ。おれの愛しの毬藻なんです」

と言って、あまつさえそれまでナミの方を向いていたのにいきなりこちらを向いてにっこりと赤い顔で抱きついてなんかきたものだから、思わず酒が変なところに 入って激しく咳き込む。それと同時に咽たのとは関係なく顔に血が昇るのもわかる。酔っ払いは、何を言うもんか分かったもんじゃない。おれはこれから先そん なことがないようにしようと密かに心の中で誓う。

「大丈夫?ゾロ」

そうナミが全く心配していない様子できゃらきゃらと笑いながら水の入ったグラスを渡してくる。し かし酔いが完璧に回ったらしいコッ クは、そんなこともお構い無しに、おれの首に両手を回しながらも、顔は隣にいるナミの方に向けながら、話し続ける。

「でもこのクソマリモったら、一番はぜってェ大けんごーで」

おれはそれを聞いて、その背中をぽんぽんとあやすように叩いた。ナミも同じ気分だったのか、その 柔らかい金髪を優しく優しく撫で た。

「人の、中でも、ぜってェ、ルフィか、鷹の目か、幼なじみの剣士ちゃんか、なん、ですよ」

そう言い残してコックはとうとう沈没した。だからおれたちは仕方がないという風に顔を見合せた。 ナミはいつもなら滅多に見せないよ うなとても優しい顔をしていた。

「なんか悪ィな」

「大丈夫よ。バカップルののろけもたまになら悪くないわ」

そして手にもったグラスに口を付けると、そのグラスに視線を向けたまま、でも今度陸に上がったら、ちゃんと誕生祝いしてあげなさいよ。あれじゃあサンジ君報 われないわ、と嗜めるように言った。その若干、本当に少しなのだが責めるような口調が気に食わなくて唇をぎゅうと閉じたが、まったくもってその通りだとも 思ったから言い返しはしなかった。ただ酔いが回っていたのか、不覚にも口にするつもりもない言葉がぽつりと零れ落ちた。

「でも、一番生まれてきてくれて嬉しいと思うのは、こいつなんだぜ」

言ってから恥ずかしくなって、また顔が赤くなったのが分かった。

ナミはきょとんと目を見開いてから、楽しそうにくすくすと笑った。


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