夢を見ているのだ。そう、しょっちゅう色んな奴に鈍いと言われているおれでさえも瞬時に悟れるほどに、おれはここのところ、というかあの金髪男に出会っ
てから、同じ夢を頻繁に見ていた。しかも見始めてから、幼い頃から時たまこの不可思議な夢を見ていたことに気付いて、それを今までどうして思い出せなかっ
たのかと驚いたりもした。
そして今日も変わらず、麦わら帽子を被ったあいつがにぃと笑っておれの目を覗きこんでくる。おれはどうもこの少年が何となくだが苦手なので、どうせ夢に
出るならあの金髪が出てくればいいのになんてどうしようもないことをぼんやりとした頭で思った。
「その目立つ髪の色もさあ」
そう少年はおれの頭の辺りを見ながら話しかけてくる。が、それでもおれに話しかけてなどいないのは明白だ。おれの髪は至って普通の黒髪だし、それに何よ
り、何時だってその問いかけには知らない声が姿を見せないくせに返答をするからだ。
「ああ」
「綺麗な目も、肌の色も、それどころか顔も骨格も性格も目的も、大事なもんも変わっちまうけど」
「ああ」
「それでもやれっと思うか?」
真っ黒くて深い色をした瞳が鋭く光って、思わず身体がすくみそうになる。でも、見えない声の主はそんなことお構い無しとばかりの淡々とした声音で応える。
きっと肝の据わったやつなんじゃないかと、おれは勝手にその声の主を想像している。
「分かんねェけど、やるしかねェだろ。駄目だったらそん時はそん時だ」
その言葉と似た言葉をおれはどこかで聞いた気がした。
「それに」
「それに?」
「…おれ、最初からあいつの笑った顔だけは好きだった、からな。どんなおれだってそれは変わんねェよ。多分な」
そう照れたように声の主は笑った。ような気がした。
「それより、お前こそこんなことして大丈夫なのかよ」
「ん、問題ねェ。おれはこの世界の命の数と幸せの数さえ調整できればいいんだ」
そう言って、麦わら帽子をゆらゆらと揺らして彼は笑った。その無邪気な笑いに、おれは何か恐怖に近い感情が背中の辺りを過ったのを感じた。
「これは…」
目の前にいる金髪男はいかんともし難いといった顔でおれがやった肉まんの半分をまじまじと見ている。部活終了後にたまたま出会ったウソップと学校近くのコ
ンビニで買ったものだ。
「なんだよ。何か文句あんのかよ」
金髪男はそれを一口かじった時点でこんな顔になった。いや、確かに買った後ルフィにこれまたたまたま会って、食われないように逃げてきたりなんかしたから
冷めてパサパサしてしまってるけど、税込み百五円の一番安いやつだけど、折角あげたのに何もそんな顔をしなくてもいいんではないかと思う。というか、どん
だけ舌肥えてるんだと思う。いや、流石におれもさっさと食べればよかったと思ったくらいで確かに美味しくはなかったのだけど。でも、はっきり言っておれの
友人の食べ盛りの高校生なんて、食い物だったら大概のものが美味しく頂ける。
「おい」
そう再び話しかけてみるが、やはり男は口籠もるばかりで、そして意を決したとばかりにはぐっと肉まんを一気に口に押し込んだ。何もそんなに無理しなくても
と思う。こんなことなら、もっと近いそこらのコンビニで買えばよかったと、どうしようもない後悔をして、思わず口調が苦々しくなる。
「まずいなら返せよ」
「ああ?食いもん無駄にすっ気か、この毬藻」
そういつもの如くのチンピラ的な態度でこちらを睨んでくる。本当になんでこんなチンピラで不審者で男で幽霊な、どうもしようもないやつを好きになったのか
疑問だ。少し落ち込む程度には。
「いやそしたらおれが食うし。てか、その毬藻って何なんだよ。ずっと気になってたんだが」
「あ、え?そりゃてめェの頭?ってあれ」
おれの頭は確かに伸びかけているとはいえ短髪で、丸っこく見えるのは認めないでもないが、だからと言って毬藻を連想するかといえば謎だ。普通の黒髪で、ま
あそこそこ一般的な髪型という、そこらへんにいくらだっていそうな感じなのだ。
金髪男もそれに今更気付いたのか、釈然としない顔でおれの頭をじいっと見ていたと思ったら、ふいに手を伸ばしてきておれの髪をつんつんと引っ張ってきた。
その突然の行動に、おれは顔がかあと熱くなるのが分かったが、男の顔を見て次の瞬間には今度は逆にさあっと血の気が引いて、目が見開かれるのが分かった。
「おい?」
「あ、いや」
男は何故か分からないけれど、本当に《泣いている》ような顔をしていたのだ。眉間に皺を寄せて、眉尻を下げて、唇をへの字に曲げて。
その顔を見たくなくて、でもおれはどうしたらいいのか分からなくて、思わずさしていたいつものビニール傘を無理にその手に押し付けると金髪男にくるりと
背を向けて、開きっぱなしになっていた踏切を足早に渡る。敵前逃亡なんて不本意だが、頭見ただけで泣きそうになられたら、もうどうしていいのか本気で分か
らなくて、パニックになっていた。
「お、おいっ、てめェっ」
そんな風に後ろで叫ぶ声がしたけれど、おれは振り返ることはしなかった。というか、できなかった。
頭の中ではこの間のやけに美しく笑ったナミがくれた、もったいぶった答えが響く。
『当たり前でしょ。自分が一番したいようにするに決まってるじゃない。でも』
『何が一番、自分のしたいことで、幸せか、よね』
おれがしたいことって何なのだろうか?あいつに好かれること?あいつと話すこと?それとも…。
『おれ、最初からあいつの笑った顔だけは好きだった、からな』
誰か知らない声がおれの頭の中に響く。
考えても考えても栓がなくて、頬や頭に落ちた雨粒が流れ落ちるのがうざったくて、あの金髪男の《泣いた顔》が頭から離れなくて、とにかくおれは歩くしか
なかった。
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