今日は戦闘があった。

 相手はトビウオライダーズとかいう胡散臭いお名前の雑魚集団と、非常に残念な感じの、この世から抹消してやりたいとおれが日々願っている手配書にそっくり な顔をしたこれまた雑魚だった。

 だけど、そんな雑魚相手にもあの馬鹿は冷や汗をかいて、胸の傷のあたりを一撫でしたのをおれは視界の端で見つけて、そしてそれ以上そいつを視界に入れるこ とも、外すこともできなくなった。

 傷が痛むんなら先陣を切って出ていくな、と言い掛けた口は結局煙草の煙を吐くだけで、邪魔だ引っ込んでろみたいな罵詈雑言さえ口から出ていく前に噛み砕か れて、心の中でそんな不甲斐ない自分に言い訳をする。

 あいつは戦って強くなるためにここにいる。だから仕方ないんだ。ただのコイビトでしかない自分があいつの存在意義を奪っていいはずがないんだ、と。



 ごいんっ。と遠くでいい音がしたような気がして、次の瞬間には自分の頭の旋毛あたりに鈍い痛みを感じておれは目を覚ました。状況がよく分から ずに、痛みを感じた辺りを手で撫で、こぶができていることを確認しながら顔を上げればナミが仁王立ちでふんぞり返っていて、更に混乱する。

「あんたは何やってんのっ」

「ああ?」

不審気かつ不機嫌に眉をよせて返せばナミははあっと呆れたようにため息をついた。

「女子部の練習が始まるのにあんたが剣道場で寝腐れてて困ってるって何故か私にSOSがきたのよ」

そう言われておれはやっと自分の今の状況を思い出した。ナミの後ろで女子剣道部の面々が声を出しながら練習に励んでいるのもやっとのこと意識の中に入って きて、何故こんなことをしていたのかの理由に思いを馳せた。

 おれは今朝、あの金髪男に頼まれたことを一応は実行してみることにしたのだ。それらしいやつを見つけても、実際に会わせてやるかどうかはまったく別とし て、おれとしてもあいつの《会いたいやつ》がどんなやつなのか気になることだし、探すだけ探してみることにしたのだ。で、女子部の練習でもとりあえず見学 しようと思ったらどうやら間抜けなことにそのまま剣道場の隅で寝入ってしまったらしい。せめてもの救いはきっちり汗を拭いて、袴からも着替えていたこと だ。汗臭い男子剣道部員なんかがその辺に転がっていては公害もいいところだ。

「そりゃ悪かった。ありがとな」

そう片手を上げてナミの方を向き礼を言い、視線を今度は練習の方に向ける。ナミがその様子を何故かぽかんと見ていたのを感じたが、しばらくするとんーと 唸ってからおれの隣に腰かけた。

 おれはそんなナミの様子を不審に思いながらも、じいっと今までにない程真剣に女子部員一人一人を観察する。

 例えば、たしぎ。うーん。似合わねェ訳じゃあねェが、と二人で並んだ姿を思い浮かべて少しへこむ。いや、でもあの男ならもっと気の強いというか、我が儘な 女の尻に敷かれてそうだよな、とも思う。うん。そうだ。そうに違いねェ。ああ、そういやこいつ、しばらく見ねェうちに足裁き綺麗になったな参考にしよう。

 例えば、くいな先輩。並んだらやっぱり申し分なくコイビト同士に見えんだろう。まあ、あの男は割合女なら誰とでも似合いそうな気もするが。おれはそう思っ てあぐらをかいた膝の辺りに視線を落とした。いや、でも逆にくいな先輩はああいうの駄目だろう。ああいうチャラついたタイプは。うん。そうだ。多分駄目 だ。てか絶対駄目だろう。おれですら碌に話せたこともないし。それにしてもいつ見たって惚れ惚れするような太刀筋だ。今度手合わせしてもらおう。

 そんな風に若干失礼だなと自分でも思う観察を続けていると、ナミが唐突にこちらを覗きこんできた。らしくないことにちょっと心配そうな顔なんてしていて、 少し驚く。

「ねえ、あんた何かあったの?」

「ああ?」

「何か顔が落ち込んでる」

「気のせいだろ。元からこんな顔だ」

おれはそう素っ気なく返したが、内心ではそんなに顔に出ていたかと、気合いを入れて顔の筋肉を引き締めた。ポーカーフェイスは得意なはずだ。多分。

「ふーん」

そうつまらなそうに言うとナミは少し考えるように腕組みをしてから、先程までとは打って変わってにやりと人の悪そうな笑みでこちらを見た。ああ、あの男、 こいつとなら一番合いそうな気がするとふと思い、先程顔を引き締めたばかりだというのに、目が一瞬彷徨ったのが自分でも分かった。

「あんた、じゃあ今日、この後私の買い物に付き合いなさいよ」

「ああ?」

「あんたのおかげでこんな校舎の端っこまで呼び付けられたのよ。本当はルフィとお昼食べに行く約束してたのに。荷物持ちくらいしてくれたってばちは当たら ないわよ」

そして悪魔の笑みを浮かべて付け加える。

「それとも何、これからルフィと合流してお昼奢ってくれるのでもいいけど」

おれは引きつった笑みを浮かべるしかできなかった。

「てめェ、おれを破産させる気かよ。大体おれ、あいつはあんまり得意じゃねェって知ってんだろ」

その答えにナミは知らないわと嘯いて、どちらか好きな方を選べばいいじゃないと笑った。不条理な気はしたが、おれに選択権はなかった。


 結局おれは午後の時間の半分程をナミの買い物に付き合わされる羽目になった上、ナミの口車に乗せられて夕飯まで奢らされた。が、まあ、文句は 言わないことにしておく。多分、ナミはおれが最近元気がないと見て、連れ出したのだろうことは分かっていた。

 洋服を買うにもわざわざ男物を置いているような店を選んだり、おれの好きそうな、でも絶対にナミの趣味には合わないようなごついアクセサリーの店にも寄っ て、ピアス似合いそうよねなんて笑いながらおれの耳元にそれらをかざしてみたりした。たまたま寄った雑貨屋では、あんた雨嫌いなんだから大きい傘、買いな さいよ、なんて言われて思わず納得して傘を買ってしまったりもした。

 だから実際、ナミの思惑は成功したとしか言い様がなかっただろう。 おれはしばらくぶりに、少しだけでもあの男のことを忘れられてちょっと気が楽になった。

 だからおれは夕飯のハンバーガーをかじりながら、少し躊躇ったもののナミに尋ねてみることにした。

「なあ、てめェだったらすげェ大事なやつの幸せが、自分にとって嫌なもんだったら、どうする?」

おれにとって、あの男が今はまだすげェ大事なやつとは言えないかもしれないけど、好きなやつというのもなんだか癪だったのでそんな言い方をした。

ナミは何故か唇を異様に綺麗にカーブさせてから答えた。


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