部活が終わり、日が延びてきたとは言えすっかり真っ暗になった七時半頃、おれはようやく学校を出た。

 春の長くしとしととした雨は、やはり未だに降り続けていて、おれは昇降口の傘立てに突っ込んであった、やや小さい年季の入った青のビニール傘を取った。 ビニール傘のくせになぜだかパクられることもなく小学校時代からおれの手元に残り続けている、根性というか、縁のある傘なのだが、それをさして、おれは帰 り道を一人歩いていた。

 雨が降ると自転車で学校に行けないこともそういえば嫌なことの一つだったなんて思いながら、傘を持つ手を交換して、空いた方の手をカーディガンのポケッ トに突っ込む。春先とは言え、日が落ちた後は少々肌寒い。雨が降っているとなれば尚更だ。そう思えば余計に体感温度が下がった気がして、少しだけ歩くス ピードを上げた。

 そんな風にたまに傘を持つ手を変えながらしばらく黙々と歩いていると、踏切のカンカンカンという警告音が聞こえてきて、嫌でも昼休みのことが思い出され て、思わずため息をついた。踏切まではまだまだ距離はあるものの、おれの無駄に良い視力の目にはすでに、踏切横の電灯に照らされた人影が映しだされてい た。

 あの状態では仕方がなく、またルフィの底なしのきらきらした好奇心に付き合わされるのも御免だったとは言え、何となく嘘をついてしまったことが心苦し かった。そう。おれは幽霊なんてまったく心当たりはなかったのだが、その噂の元凶になったであろう奴を不幸にもよく見知ってしまっていたのだ。

「はあ」

そしてそうもう一度大きくため息をつくと伸びかかった髪をがしがしと掻いて、大股にその男に近づいていった。

「おいっ」

 おれは俯く男に乱暴にそう話しかけた。しかしまったくと言っていいほど反応がない。男はただ、おれの声なんて聞こえないみたいに、声もあげず表情も変え ず に情けなくぼろぼろと泣き続けるばかりだ。くそっ、これじゃおれの方が不審者みたいじゃねえか。そんなことを思いながらも、一遍声をかけてしまったばかり にそのまま立ち去ることも何となくできずに、仕様がないからじろじろと男を観察してみる。

 こんな風にしとしとと雨が降るたびに、この男は現れ、それをしょっちゅう、それこそこんな雨の日の度に見かけていたが、考えてみればこんなにじっくりと この男を眺めるのは初めてだった。

 よくよく見れば、男は整った目立つ容姿をしていた。染めたとも思えない綺麗で、むらのない金髪に、同い年か少し上くらいにしか見えないのに、黒のダブル のスーツなんてこの歳ではそうは着そうもないもんを厭味なほど自然に着こなしていた。そして腕には何故か丁寧に閉じられた緑色の傘がかかっていて、おかげ でその金髪も黒のスーツもぐっしょりと濡れていた。ちょっと傘を忘れて雨に濡れたなんて可愛らしいレベルではなく、本当にぐっしょり、スーツが絞れそうな ほどに、だ。

 一体どれくらいの間こうしてつっ立っていたんだろう。そう考えると、心配する義理なんてないのはわかっているのだが、何となく落ち着かなくなり、気付い たら大声を出していた。

「おいっ、傘ささねえのか」

その声にやっと反応したのか、男はゆっくりと顔を上げて、眉間にぐっと皺を寄せてこちらを睨んできた。変な巻いた眉毛が見えて怖さ半減だったが。

「ああっ、んだよてめェは」

先程までの情けない印象と違い、あっと言う間に、涙を流しながらではあるが、チンピラまがいになった男に内心驚きつつも、言い返す。

「だから傘ささねえのかって聞いてんだよ」

「んでてめェにそんなこと言われなきゃならねェんだよ」

その中々の正論に、しかし正論だった故にか、ぶつん、と頭のどこかで何かが切れる音がした。なんだこいつは。なんでいきなり訳も分からなくキレ気味なん だ。

「こちとらいい迷惑なんだよ。雨の中で泣く男の幽霊が出るなんてくだんねェ噂が流れてんだ。近所迷惑考えろ、このぐる眉っ」

「ああ、んだとこの毬藻頭…って、泣いてる?」

そう言って男は不審げな顔で自分の頬に手を当てた。節くれだって、若い男らしくない少し荒れた白い指が頬をぺちぺちと叩く。

「…雨、だろ」

そう顔を引きつらせながら言ったそばから、目尻から新たな一粒が落ちて、それが指に当たった瞬間に心底びっくりしたように男は自分の指を見た。

「あれ?おれ、なんで泣いてるんだ?」

「てか何でこんなとこにいんだ?」

おれはこの完璧な不審者に何で声をかけてしまったんだろうと、数分前の自分を肩に提げた竹刀で叩き斬ってやりたくなった。


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