どうやら春が近いらしい。そう思っておれは窓の外を見た。
窓の外にはどんよりとした灰色の空に、蕾の膨らみかけた桜の枝が見えた。でもおれが春の訪れを感じたのは、誰もがそれを感じる定番の桜の木の方ではな
く、重く湿った曇り空の方にだった。
春が近づくと、雨が多くなる。だからだろうか、春が近づいて来るとおれはどうにも憂鬱になる。まるで一足早い五月病みたいにだ。雨自体は決して嫌いとい
う訳ではないのだが、それに付随してくるあれこれが嫌だった。
歩くたびに足が濡れ、お気に入りのスニーカーやズボンの裾がびちゃびちゃになることだったり、雨が降ると他の部活の奴らが剣道場にまでやって来るので朝
練や昼練がままならなくなることだったり、雨に濡れた桜を見ることがひどく気に障ったり。そんな、本当に些細で、我慢ができるようなどうでもいいことが嫌
でたまらなかった。
だからだろう。昼休み、普段ならくだらないと切って捨てるような怪談話にうっかり付き合ったのは。
「じゃあ次はこのウソップ様の番だな」
コホンとそれらしく咳をして、胸をはりながらウソップが話し始めるのをぼんやりと聞きながら頬杖を付いて、やはり窓の外に目を向ける。自分の左手のすぐ
隣の窓ガラスには雨で濡れた桜の花弁がぺったりと貼りついていて、やはり不愉快になるのだが、何故だか目を離すこともできない。嫌いだと意識するから余計
に視界に入るのかもしれなかった。そう思ったら頭の中に何かがちらついた気がした。
デジャヴみたいに、いつかこんな気分になった気がしたのだが、それが何だったのかどうにも思い出せない。本当に気のせいかもしれないのだが、風に散る桜
の花弁みたいにもう少しで掴めそうであることも確かなのだ。
「おいーゾロ。聞いてんのか?」
そんな風にぼうっとしていたら急に自分に話しかけられて、やっとおれは窓の外から視界を外して、丸くこじんまりとした輪を作っていたいつものメンバー、ル
フィ、ナミ、ウソップ、チョッパーの方に目を向けた。その呆れたナミの視線から、どうやらほぼ全部を聞き流してしまったらしいことを知る。やはり慣れない
ことをするのは良くなかったようだ。
「ああ、わりぃ」
その返答を聞いて、ウソップは一瞬何か困ったような顔をしたが、すぐにいつもの通りにおどけてみせた。
「まあ、いーけどよ。おれ様の怖ぁーい話を聞いてびびるゾロ君が見れなくて残念だったけどよ」
「阿呆か。んなもん高校生にもなってびびるかよ」
「そっ、そうだよな、ゾロ。全然怖くねぇよなっ」
そう言うチョッパーは真ん丸い黒い目をうるうるさせてこちらに飛び付いてきた。
「うわっ、馬鹿。鼻水つけんじゃねぇ」
そう言ってその可愛らしい外見からは考えられないような馬鹿力でひっついてくるチョッパーをどうにかこうにか引き剥がそうとしていると、ぽつ
りとナミが言った。
「そう言えば、あんたってあの踏切の近くに住んでるわよね」
ぎゅっとチョッパーの腕に力が更に入った。こいつ、可愛い顔して意外と馬鹿力だ。なんか掴まれた腕が変色してきてんだが。
「おおっ、じゃあゾロ、ユーレイに会ったことあるかっ!?」
ルフィが今度はそう無邪気に目をきらきらさせながら言う。こいつはときたまこんな風に突拍子もないことを言って、その度に、その純粋なまっ黒い瞳におれは
困惑させられている。
「はあ?」
おれは力の限り引っ付くチョッパーを殴り付けてやっとのことで引き剥がしながらそう不審げに問えば、その様子を静観していたナミが仕方がないわねと言わん
ばかりに答えた。
「今の怪談話のね、場所が丁度ゾロの家の近くの踏切だった気がしたのよ」
雨の日になると、踏切のところでひたすら泣き続ける男の幽霊がでるらしいのよ。まあ、噂だけどね。そうまったくもって信じていない風にあっさりと言い
放った。普通の高校生の反応なんて本来こんなもんだろう。間違っても必要以上の純粋さで目をきらきらさせたりはしない。
「なあっ、なあゾロ、ユーレイ見たのかっ?」
「幽霊…。大体そんなもん見て、どーする気だよ」
「決まってんだろ。友達になんだよ。楽しいぞ、きっと」
そう言って楽しげにしししと笑うルフィのことを呆れながらも、おれは剣道以外のことにはまったくもってぽんこつな脳ミソをひっくり返してみて、それから
きらきらしたルフィを見て、うるうるしているチョッパーを見て、さらに自分から話しただろうに、話に少々具体性がついてきてしまったからか、若干青ざめて
きているウソップを見て、はあとため息をついた。
「見たことねーよ、そんなもん」
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