いらっしゃい。

ここにこられるなんて幸運だね。

願いごと、きいてあげられる。

なあ、幸せなのと不幸なの、どっちがいい?



 気が付けばそこは、今はもう海の底に眠るはずのメリーの中だった。メリーの中の、とっくの昔におれを庇って死んだ馬鹿な男がいつもいた、そして料理をする 一番格好良いあいつが見られる場所だった。

 その場所はあの頃とちょっとだって変わらず、穏やかな日の光が入るシンクは美しく磨きあげられ、あいつのみみっちい、もとい几帳面な性格を表しているかの ように食器棚や調理道具がきっちりと整理整頓されている。酒の棚を見てみれば、当時貧乏海賊だったおれたちが好んで飲んでいた安い酒が並んでいる。ルフィ がうっかり付けたテーブルの傷だとか、ウソップが薬品を零して変色してしまった床だとかも記憶にある通りだ。そのあまりにもあの頃のままなそこに、おれは なんだこりゃと思って、椅子に腰かけながら頭をがしがしとかいた。と、そこでまた違和感を覚える。

 想定していたよりもずっと、髪が短くて、手触りも違う気がするのだ。なんとなく、柔らかい。あいつがあまりにも楽しそうにおれの髪を触るから、気を付けて いた時期があったのだが、そのときみたいだ。その二つのことを考えるにまるで十代のときみたいで、おれは不審に思って髪を触っていた手に今度は視線を向け る。その手も確かに自分の手には違いないと思うのだが、自分が覚えている《今》の手よりもずっと傷も少なく、なんとなく柔らかい手だった。

「…あ?」

そうつい声が出たところで、ぎしっと扉が軽く軋んだ。それも記憶のままの扉が開く音で、おれは一瞬あいつが来たのではないかと思った。

しかし予想に反して、やって来たのはルフィだった。 初めて会ったときと同じ赤いベストを着て、赤いリボンの麦わら帽子をゆらゆら揺らしながら、真っ黒な深い瞳でにいっと笑う。

「よう、ゾロ」

しかし、なんとなく違和感があるその《ルフィ》が、直観的にルフィでないことはなぜかすぐに分かった。立ち上がって刀の柄に手をかける。雪走。これもやは りとうの昔に眠った刀だった。

「てめェ、誰だ。なんでそんな格好してやがる」

《ルフィ》は目を真ん丸くして、瞬きを数回した。そして、殺気を放つおれをよそに、あろうことかいきなり笑いだした。

「お、おい」

「うひひひ、くひっ、あっはっは…ぐふっ」

なんか目尻に涙まで貯めて、腹筋おさえて笑っていて、殺気を放ち緊張してしまったおれは無性に腹が立ってくる。手が勝手にちゃきっと鯉口を切る。沸点は昔 と変わらず自慢じゃないが低い方だ。

「あっは、はあはあ…。わ、悪ィ。そんなすぐに気付くとは思わなくてな。ふぅっ」

そしてそいつは一度大きく息をついて呼吸を整えた。

「おれは、どっかの誰かさ。カミサマだってアクマだってなんだっていい。ちなみにこの姿はお前が一番神様に近いって、《信仰》するものの姿な」




 おれの目の前に座ったカミサマとやらは、自分の仕事は数合わせなんだと笑った。ルフィと同じように無邪気で、でもルフィとは違ってどこか冷たい笑い方だっ た。仕草は確かにルフィなのだけれど、そこだけが違っていて、おれはこの笑顔を見てルフィとこいつの違いが分かったのだろうと思った。

「で、金髪のやつはさ、何が未練なのか分かんねェけど、とにかく魂が帰ってこねェんだ」

おれは数が合えばいいからそいつの《次》をなくすんでも全然構わねェんだけどさ。もはや冷酷と言えるほどにあっさりと恐ろしいことをぬかして、何もかも見 透かすルフィと同じ瞳でじいっとこちらを覗きこんでくる。試されているのだと、分かる。おれを庇って死んだあいつの、さらに《次》までなくなっていいのか と目で問うてくる。

「何を、すればいい?」

「何にも」

そう言って、下界の人間のちょっとした騒動になんて興味の欠片もないとばかりに、無邪気にからからと笑う。

「ただ、やる気があるかどうかだけだ」

「やる気があるんなら、転生したお前がなるべく今の《ゾロ》に近くなるように、色々いじくって、役者は揃えてやるよ」

そう大して興味も無さそうに麦わら帽子をいじくっている。

「やる気なら」

しかしそう続けようとしたところでいきなり、そいつは顔を上げた。絶えずその顔に貼りついていたはずの子供のような純粋で残酷な笑顔は消え失せ、真顔でじ いっと見られて、背筋がうっすらと寒くなる。

「ただし、そうするだけだと今度は《幸せ》の数がつり合わなくなる。サンジは無事に成仏して、ひとつ、幸せの数が余分に多くなる」

「だからもしやる気があんなら、ゾロはその分の《幸せ》を差し出せよ」

対価は、運命の人との出会いにしようか。運命の人って、赤い糸的なあれじゃねェよ。お前の人生を、お前らしくする人、大きく変える人。ゾロだったら、こい つと、幼なじみの女と、鷹の目かな。役者は揃えるから、出会うには
出会うれけど、大切な人にはなれない。そしたらきっと剣の道を極めようなんて、夢にも思 わねェだろうな。

 そうこちらを真っ直ぐ見て、きいてくる。

「なあ、それでもやるか?」

「サンジに会えるかもはっきりはしねェ。会えても、そいつは《ゾロ》を想ってるから報われねェ。挙げ句の果てにはお前はそいつを成仏させなきゃならねェ」

「それでも、いいのか?」

「なあ」

  幸せなのと不幸なの、どっちがいい?


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