みっつのピアスとひとつのピアス
おれの恋人は、片耳にみっつ、ピアスを引っ提げている。
実際の話、ゾロの、つまりおれの恋人のことじゃなかったら、おれはそんなこと全く気にしなかっただろう。今時ピアスなんてそう珍しいもんじゃないし。片
耳ピアスにしたところで、少なくともおれの生活していた範囲では大した意味などなかった。そう。ただのファッションだ。おれだって、開けよっかな、と軽い
気持ちで考えたことだってある。結局開けなかったけれど。
だが、ことあの毬藻の話になれば別だ。
お洒落の「お」の字だってない常に親父ファッションのあいつだ。おれが、折角元はいいんだからと、いくら格好いい服装をさせようとしたところで面倒くさがるあいつだ。や、その剣以外はどうでもいいってところがストイックでまたいいんだけどさ。
まあ、そんなことはどうでもよくて、何が言いたかったのかといえば、そんな外見にはこれっぽっちの気も払っていないような奴がなんでピアスなんてしてる
のかが不思議だったってことだ。しかもあいつ、あろうことか刀手入れするときについでに磨いていたり、風呂に入るときはわざわざ外していたりするのだ。あ
んな大雑把なやつが、である。
だからおれは、あいつにとってあのピアスはなんか重大な意味があるんじゃないかと思った訳である。というか気付いた訳である。そう。あいつの誕生日プレゼントにとついさっき買った、ピアスが入った袋をぶら下げている今、まさにこの瞬間に。
どうして唐突にそう思ったのか、なあんて単純なことだ。目の前の、如何にも幸福そうな、腹立たしいことに美女と至極普通な野郎のカップルが、買ったばか
りのふたつセットのピアスを一個づつ分け合いやがったからである。幸せいっぱいそうなその二人は、ピアスの入った小箱を勿体ぶったようにゆっくりと開くと
お互いにその場でそれを付け合った。あれだな、まさに二人の世界ってやつだ。
もうおれとしては、開いた口がふさがらないってやつだったね。この馬鹿っぷるがとか、てめェら、ってか野郎の方おれと変わりやがれ、とかな。だが、その一瞬の衝撃が去った後、あの毬藻頭のことがさあっと過ぎった訳だ。なんか、ついでに嫌な予感も過ぎった。
もしあいつのピアスが、例えば幼馴染の女剣士ちゃんと、もしくは海賊狩り時代にでもできた恋人と分けあったものだったりしたら。意外とあいつ義理がたい
し、大切にするかもしれない。いや、もしそうだったなら、あいつが大切にするのだって納得だ。というかそれ以外の理由が思いつかねえ。さらに幼馴染の剣士
ちゃんだったりしたら、倍率どんだ。
あれ、おれって一応コイビトだけど……このピアスあげてもいいんだろうか。
「ろびんちゃーん」
自分だって情けないな、と思ったおれの声は、やっぱり彼女にも情けなく聞こえたらしくきょとん、とした顔で一度二度ゆっくり瞬きをして見返された。あァ、
情けねェ。レディにこんな姿見せるなんて。でもそれでも彼女に聞かなくちゃいけない気になる。しかも麗しきレディの為なんかじゃなくて、クソ剣士の為に。
あァ、屈辱だ。
「東の海の風習で、恋人同士でピアス分け合うのって、ありましたっけ」
また、ゆっくりと瞬きを一回、二回。ラウンジの薄暗い光の中でも、彼女の大きな瞳が少し惑ったように揺れたのが分かった。彼女は察しのいい人だ。こんなこ
と言ったら質問の意味がまる分かりだろう。その上でこの反応。絶望的だ。あァごめんロビンちゃんいまの質問なかったことにしていい?だめ?もうおそい?そ
んな風に心の中で思った時点でしかし、無情にもタイムアップは告げられた。
「そうね。東の海の一定の地方ではあるはずだったわ」
やっぱそうですよねー。おれはそう言って顔に笑顔を貼り付けた。ぺらっぺらのとびっきり薄いやつを。いや、本当はちゃんと笑いたかったんだけど、無理
だったわけで。何せおれのハートがざっくり折られちゃったわけで。
「男性が左、女性が右に付けるのが一般的で、分け合うのだから数は基本的に奇数ね」
ですよねー。そういっておれは思わず蹲った。あァやっぱり格好悪い。でもロビンちゃんが困ったように笑って、頭撫でてくれたから良しとしよう。
おれの恋人は、片耳にみっつ、ピアスを引っ提げている。
理由は知らない。ということにしておく。いや、実際知らないし。知らない、教えてもらってない、ということは気を使う必要なんてどこにもないということ
だ。素晴らしいぜ、鈍感力って。このスキルを常時発揮できる船長と剣士は全くもって羨ましいばかりだ。と、言うことで、ひとつくらいおれが買ったピアス付
けてくれてもいいじゃねえかって思ってもいいはずだ。だって恋人だもの。
誕生日当日。おれはそう自分に言い聞かせた。いや、誰がなんと言おうと今の恋人は正真正銘おれな訳だしな。いくら死んだやつに勝てないとは言え。
おれは手元にあった小箱をぱかりと開けた。中には今ゾロがしているピアスとほとんどデザインが変わらないものがひとつ、それはそれはお上品に鎮座してい
た。違うところと言えば、多少デザインが変わるのと、耳に引っかかる輪の部分に小さな宝石が一粒埋め込まれていることくらいだろうか。でも、それも金の台
座に褐色の石なのでよくよく見ないと多分分からないだろう。変化が分かるとしたら予め話をしてしまったロビンちゃんと、金目のものには滅法目ざといナミさ
んの女性陣二人くらいであろうか。
このピアスを見つけたとき、おれは思わず一目ぼれして、何も考えずにこれを買ってしまったのだった。まあ、だから我に返って、しかも訳の分らん馬鹿っぷ
るに当てられて動揺したわけであるのだが。とにかく、これなら恥ずかしがり屋というか、おれたちの関係をむやみやたらに主張するようなことは嫌がるあいつ
でも付けてくれるのではないかと思ったわけなのだ。剣士だから指輪は付けれないし、それくらい思ったっていいじゃねえか。
だけど、多分受け取ってくれねえなァ、こりゃ。そう思ってついつい鼻の奥がつんときたときだった。
「何やってんだよ、てめェ」
そう言って、毬藻頭がひょこりと後ろから肩越しに、しかもおれの肩にちょこんと顎を乗せて小箱の中身を覗き込んでいた。ああああ、てめェ何可愛いことしてやがる。てえかそんなことよりも何よりも見られてる。箱んなか見られてるからな自分!!
「う、うわあ、てめェなにしてやがるクソマリモ!!」
そう言っておれは咄嗟に箱を閉めた。完璧にもう遅いけれど。
多分振り返ったら十中八九困った顔した毬藻がいる。そう思うと怖くて振りかえれない。ということで一秒、二秒とおれはフリーズした。というかしてしまっ
た。が、毬藻の野郎はそんなおれのことなどお構いなしに、おれの手から小箱をすっととると無情にも開いた。しんとした空気の中で、やたらと牧歌的な、ぱか
りと箱の開く音が響いた。
で、
「もしかして……おれに、か?」
やや困惑した声がした。ちくしょう。そうに決まってるじゃねえか。てかそれ以外だったらてめェどうすんだよ。そう思って勢いに任せて振り向けば、困惑したように下がった眉とやや染まった頬。
「へ?」
おれは思わず間抜けな声を出した。その顔って、つまりロロノアさん。もしかして、喜んで、る?
「……あ、ありがと」
そういう顔はどんどん染まっていった。おれはさっきまでの弱気な気分も一発でふっとんで後ろから抱きついてきている毬藻頭をぎゅうっと抱きしめた。何こいつ、耳まで真っ赤になって来てるんですけどっ。
「誕生日おめでとう!!」
「なァ。てめェ、なんでそんなピアス大事にしてたんだ?」
おれはゾロがピアスを付け替えたところでそう訊ねた。過去形にしたのは、ゾロが外したピアスをぽいっと軽い調子で海に投げ捨ててしまったからだった。
「あ?」
「いや、あ?じゃなくて。柄でもなく磨いたりしてたじゃねェか」
「あ、あー」
ゾロはぽりぽりと頬を掻く。そしてぎゅっとおれの髪を引っ張ると、てめェで考えろと言い捨て、逃げるようにどこかに行ってしまった。まァ多分、腹立たしいことに船長のとこだろうが。
そんなおれが、きらきらひかるピアスとおれの髪の色が同じだと気付くまで、あと少し。
ゾロ、お誕生日おめでとう!!
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