アダバナ少年
一言で言うのであれば、サンジはゾロのことが大好きである。
一言以上で言うのがもしも許されるのであれば、サンジはゾロのことが大好きで、ゾロのことをこれ以上なく格好良くて可愛くて、頭が良くて有能で、自分の
意思がきちんとあって、努力ができて、まっすぐで、駄目なところもいっぱいあるのだけれどそんな短所すら帳消しにできるくらい素敵で魅力的な人間だと思っ
ているというか、最早信じて疑わないとう域で、とにかくゾロのことが大好きだった。ゾロを見ているだけで幸せになる。ゾロからメールなんて来ようものなら
それだけで一日浮かれていられる。ゾロの素晴らしさについてなら、何時間だって語れる、というか聞いてくれる人がいるのであれば夜を徹してでも是非語りた
いといったところだった。
どんなときでも、ゾロのことで頭がいっぱい。まさにそんな言葉がぴたりと当てはまる。
サンジの頭は、当然たった今もゾロのことでいっぱいである。そんなサンジはただいま真新しいデジカメを手にはあ、と感嘆のため息を吐いたところだった。(ちなみにデジカメの色はゾロの髪の色をイメージして淡い緑色である)
世界中の誰だって簡単に想像できるだろうが、当たり前のようにデジカメの中の画像はゾロ、ゾロ、ゾロである。居眠りをするゾロ、頬袋を作って昼飯を食べ
るゾロ、部活で真剣な顔をして竹刀を振るゾロ、友人たちと馬鹿笑いするゾロ、その他お宝画像込みのエトセトラエトセトラ。
それがサンジには可愛くて可愛くて仕方がないわけである。サンジは写真一枚一枚を眺める度に頬はふにゃりと緩ませ、ベッドの上で緑色の毬藻状のクッショ
ン(お値段千二百円)を抱えて右へ左へとごろごろ転がる。あァ、よかった。バイトしててマジで良かった。意外に高かったけどカメラ代ケチんなくて本当に良
かった。あんときの自分マジでよくやったグッジョブ。そんな風に自分自身を思わず褒め称える。
そんなことを三週か四週、はたまた十周だか二十周したところでふいに我に返った。つい一時間ほど前まではぴしりと皺ひとつなく整えられていたはずのベッドの上で、勢いよく起き上がる。
「やべっ、こんなことしてる場合じゃねえ」
そうベッドの上から飛び降りる。たん、と軽い着地。しかし年代物の建物には明らかな過負荷だったようで、床がみしりとなる。それに呼応するように階下から
「静かにしねェかチビナス!」と怒鳴り声が聞こえるが、文句を言われたこともチビナス扱いされたことも、浮かれ切ったサンジには些細なことだった。「へい
へーい」と気の抜けた返事を返しながらパソコンとプリンタを立ち上げる。
「おれとしたことが……。印刷してアルバム作んねェと」
そう言って上機嫌でパソコンを操作し始めた訳だった。
昼休みの教室でくるくると回るようにサンジは動いていた。その手には分厚い写真の束が握られていて、サンジはそれを「なみすわぁーん」だとか「ろぉおびんちゅわーん」だとか叫んで配って回る。
それを見てウソップは非常に残念な気分になっていた。
黙っていれば普通に格好が付くはずのサンジが目をハートマークにして鼻の下を伸ばして回っているのも本来アレなのだが、それは許容範囲と言えばそうであ
るので最早ウソップには残念とも映らない。そんな事実すら本当なら残念としか言いようがないのだが、事実は違う。ウソップがそんなある種切ない気分になっ
たのは、その英和辞典ほどの厚さもある写真の束のほとんどがゾロに渡すものだということを知っていたからである。
「はあ」
そんな風に大きくため息をついてやれば、サンジが耳敏くそれを聞きつけてのかこちらにやって来た。対女の子用のめろりんモードから、一瞬にして野郎専用と言わんばかりの片手をポケットに突っ込んだ柄の悪いサンジになる。
「なァーに景気悪ィ顔してんだよ。ほら長ッパナ、てめェの分」
そう言ってやや強引に手に写真を押しつけられた。全部の写真にゾロがきっかり映っているのは見るまでもない。もう一度深くため息をついた。
「お前もマメだな」
「そうか?」
そう言いながらサンジは口の端をにかりと歪めて見せた。
「それ……」
とウソップがサンジの手元にある束を指さして続けようとしたとき、丁度ゾロが部活の昼練から教室へと戻ってきた。と言っても、ウソップ自身がそれに気がつ
いたわけではなく、サンジの目線が教室の扉へと移ったから気が付いたわけであるのだけれど。ウソップは半ば本気で、こいつゾロセンサーでも付いてるんじゃ
ねェのと思った。
そんな風に考えるウソップを置き去りに、サンジはぴょんと身軽にとび蹴りを繰り出しながらゾロへと向かって行った。ちなみにゾロは当然のように視界の端にサンジを認めると、一歩下がるだけでそれを避ける。もう既にお決まりとなっているのであった。
「クソ毬藻、これやるよ」
「あァ?」
分厚い写真の束を渡されたゾロは首を捻る。が、それ以上は特に追求せずに写真を受け取った。ウソップはそれを見て相変わらずの天然っぷりだよな、と思う。
二、三枚ならともかくそんな量の写真を貰ったら普通なら不審に思う、筈だ。少なくともウソップなら思う。もしかしたら唯単純に、剣道以外のことにまるっき
り興味がないだけなのかもしれないけれど。
「あんがと」
そう言って、ふんわりとゾロが笑った。ゾロが大概の場合浮かべる性格の悪そうなそれではなくて、眉間にしわが寄ってない滅多にない笑い方だ。純粋にものを
貰ったからだろうとウソップは推測するが、その威力は絶大だったようだ。ウソップにはサンジの胸に、矢じりにハートマークが付いた矢がどすどすどすっと何
本も突き刺さるのが見えた気がした。サンジにももしかしたら見えたのかもしれない。事実サンジは胸に手を持っていって苦しそうに蹲った。ゾロが何の気なし
に「おい、大丈夫か」なんて言いながら背中をさすってやるのに、致命傷を与えらえれていやしないかと心配になる。いや、もう既にいわゆる恋の病の末期患者
ではあるのだが。
「べたべた触るんじゃねェこのクソ野郎」なんて叫び声をBGMにウソップは放課後のことを思って、本日三回目になるため息をついた。
放課後、ウソップとサンジはファミレスにいた。
ここはこいつのおごりにしてやろうと、ウソップは季節のパフェのリンゴのアイス部分をつっつきながら、いつものごとくサンジの話に耳を傾ける。とは言っ
ても毎度毎度のことなので四分の三くらいは聞き流しているのだが。だが、四分の一だって聞いてやっているのだから感謝して欲しいところだった。
「あー、今日も毬藻の野郎可愛かったなァ。てめェ笑った顔見たか笑った顔。珍しいよなアレだっていつも眉間にしわ寄せてばっかなんだぜ笑うときだってそのまま唇の端っこ上げるだけでさまァそれはそれでそれの良さがあんだけどよ」
ノンブレスかお前は。折角ドリンクバーなんだし、ちょっとは水分摂った方がいいぞ。あと少しばかり声量を落としてくれるとおれ様は嬉しいぞ。お前が思って
るよりもお前の声、通るからな。お前はしらねェかもしんないけど、結構な人数が不審そうな顔でこっち見てるからな。そんなツッコミは心の中でしつつ、ウ
ソップは、はいはいと軽く受け流す。サンジに賛同すればてめェもゾロ狙いかと頓珍漢なことを言われ、そうでなければ何でてめェはゾロの魅力が分かんねェん
だよと文句を垂れられるという至極面倒くさい状況になるのは既に実証済みなので、ここは適当に受け流すのが多分正解なのだ。文句も言ったところで三秒後に
は忘れられるのは分かっているので言わない。
別にウソップには、サンジの言うようにゾロはすこぶる素敵な人間だとは思えなかった。確かに程ほどに良い奴であるし、今日みたいな笑い顔はそれなりに愛嬌があると思うけれど、それだけだ。つくづく、恋は盲目であると思う。
サンジは興奮で頬を染めたとても残念ないい笑顔で、身振り手振りも交えてゾロの良いところについてしゃべりまくっている。そのマシンガントークにウソッ
プは適当にかつ適度に相槌を打ちながら、それでもなんでゾロに、よりにもよって同性の男に、惚れちゃったのかとぼんやりと思った。
次の日サンジは、菓子を焼いてきた。
サンジは今日も今日とて、くるりくるりと昼休みの教室中を回り、女の子には女の子用の顔でそれを配って回っていて、男には男用の顔でそれを配っていた。
勿論、ウソップのところにも、対野郎用の、その中でも一層適当で砕けてぞんざいなサンジでやって来た。どんなサンジかと言えば口の端を皮肉気にひん曲げ
て、それなのにどこか人のよさそうな顔をしているときのサンジである。
「ほら。てめェも食え」
そう言って差し出されたのは、小さなマカロンがいくつも詰まったタッパーだった。目に眩しいレモンイエローに桃色、藤色、ライムグリーンにチョコレートブ
ラウン。その他にもとにかく目に鮮やかな色ばかり揃っている。それらがまったく同じ大きさで可愛らしく整列する様は非常に目に優しい。
「お前って本当にマメだよな」
「そうか?丁度練習してたらいっぱい作りすぎちまっただけだぜ」
「いや、マメだよ」
ゾロに食って欲しいからだろ、とは思ったものの面倒なことになるから言わなかった。ここでゾロに対する愛を語られても困る。非常に困る。
ウソップはタッパーの中から黄色のそれを一つ取りだして口にした。単純に美味しい。ウソップが思い浮かぶサンジと言うのは、ゾロ馬鹿が勿論一番に来るのだけれど、次に来るのは料理好きな奴だった。
サンジはにやにやとウソップが食べる様を眺めていたが、やはりゾロが教室にと帰って来るとすぐにそちらに行ってしまった。やっぱりこいつセンサー付いてんだろとウソップは思った。
「クソ毬藻、丁度よかった。これ味見してみろよ」
そう言ってずいっとタッパーを差し出す。一昔前のべったべたの少女漫画で、好きな男に差し入れを渡す主人公(女)を思い起こさせたが、きっと気のせいだ。気のせいだと思えば、きっと気のせいになる。世の中そんなものだ。ウソップはそう心の中で唱えた。
「あー」
そう言ってゾロは、特に何を考えるでも無さそうに緑色のマカロンを取った。いや、やけに始めから緑色が多かったから、偶然ではないのだろう。多分ゾロをイメージして作ったのだというのは一目瞭然だ。
「ん。うまい」
「ほー、そうかそうか……ってもっと何かねェのかよ」
「何かって言われてもな。……甘ェ?」
「……お前喧嘩売ってんのか」
「てめェが勝手に盛り上がってるだけだろ」
「おまえなァー」
そんな風にいきいきと、かつセリフに合わないとびきりのゾロにしか見せない笑顔で言う。ゾロも無表情ではあるが、満更ではなさそうな感じがしなくも、ない。サンジに毒されたのか、ウソップはそんな気がしてきた。
ウソップは帰り道、サンジに聞いてみた。
「お前、ゾロに告白したりしねェのか」
「あ?」
サンジは驚いたようにぽかんと目を見開いた。
ウソップはその反応に驚いた。恥ずかしがるか、それともあたりまえだとでも言うか。そんな風に予想していたのだ。それが、思ってもみなかったみたいな顔をされたのだ。あんなに分かりやすい行動をしててこいつは何なんだと思って固まっていれば、サンジはさらりと答えた。
「だってゾロはあんなすごい良い奴なんだぜ?良い彼女見つけて幸せになるべきだろうが」
へらりと笑ってそんなことを言う。
「んなこと言ったってお前、好きなんじゃねェの?」
「すっげー好きだけど、それとこれとは別じゃねェか」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ。こういうこと言うのはあれなんだが、おれ、あいつには幸せになって貰いてェんだ」
うんうんと、一人で分かったように頷くサンジ。そこには、悲しいとか、切ないとかと言った感情はどうにも見当たらない。有るべきはずの感情がまったくと言っていいほどなかった。
ウソップはそんなサンジを見て、こいつはやっぱり残念だ、と思った。
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