水と油の恋

 この世の中には勿論知ってるだろうけど水と油、なあんて言葉がある。当然のことながらまったく合わないものをさす言葉だ。広い世界だもの、自分と合わな い人間なんて一人や二人、それどころか数十人や数百人だっていたっておかしくない。私にもそこかしこにいる。例えばネズミみたいな海軍大佐とか、うちの船 長と剣士をとことん馬鹿にしてくれた海賊とかね。まあ、そういう人はたんまり利用してお宝盗ってやるくらいに思っているからいいのだけれど。

 まあ、それで、だ。うちの一味は海賊の癖に大概が呑気というかなんというか、とりあえず仲が良いんだけれど、そんな中でも《水と油》が存在する。

 例えるなら、どうにも素直になれない天邪鬼な、そして船にとっての生命線であるコックという位置にあるサンジ君は極性の強い《水》。自分街道まっしぐら なゾロは《油》、だろうか。

 同じ年齢、同じくらいの身長。更にどちらも文句なく強くて、まあ身内贔屓をさっぴいたって客観的には格好良いだろうこいつら二人は、何故だかどうも噛み あわない。だけれど、それだからこそ惹かれあったのか、そんなことは全く関係ないのかは知らないけれど、どうやらこの二人はお互いにお互いが好き、らし い。多分。どうやら見たところ自覚症状は零らしいのだが、まあこの私の勘に間違いはない。一応ウソップの証言もあることだしね。

 そこで私は、この二人のどうにも噛みあわない恋を密かに《水と油の恋》と名付けてみようと思う。



水と油の恋



 ゴーイングメリー号のキッチンではこの場所の主が、本当に踊りだしそうな軽い動きで夕飯の支度をしていた。いつにもまして上機嫌。見ている方が溜息を吐 きたくなるくらい。勿論、サンジ君は私がキッチンにいるだけで毎度毎度うざったいくらいにハートを飛ばしているし、ゾロが視界にいるだけである意味ハイテ ンションになる。だけど今日彼が溶ける寸前の一番おいしいアイスクリームみたいに甘ったるく上機嫌なのはそんなことは関係なく、たっぷりと食料を補充した ばかりだったからだった。

 どうやら先程出港したばかりの島では良い食材が多く見つかったみたいだった。新鮮な葉物野菜に、保存のきかない生乳や生のままの果物や肉等々、私にとっ ても他のクルーたちにとっても、そのままではどうしたってお宝になり得ないそれらを、まるで目の前いっぱいに積まれた金貨の山でも見るようにうっとりした 様子で瞳に映しているのだ。

「どうしよっかなァ。水菜とアーリーレッドの辛口サラダにすっかなァ。ドレッシングには醤油入れて。あーでもレタスも買ったし。ホウレンソウも捨てがたい し。どうすっかなァ」

ぶつぶつ、わくわく、そわそわ。まさにそんな感じで、とっておきのおもちゃで遊ぶ子供みたいにほっぺを薄ら赤くして水菜を検分して、皮の赤いサラダ用のタ マネギを転がし、レタスの鮮度を確認する。そんな様子を私は不思議な生き物でもみるように、ゾロと並んで座りながら眺めていた。

 私としては、そんな風に自分の世界にどっぷりと浸かって、彼にしては珍しく他人の目も気にせずに独り言を呟く姿は、不可思議とか珍しいとか位にしか思わ ない。だが、私の横で頬杖をつく想定恋する青年は違ったように、どうしたって私には見える。色眼鏡かもしれないけれど。

 自分の腕にもたれ掛って、ぼんやりとサンジ君を視界に入れる様子は一見至極つまらなそうだ。暇そうとも言えるかもしれない。ゾロのことを知らない人が見 たら。だが、この私を舐めてもらっては困る。無意識だろうが、耐えきれないように少しだけ上がった口角とか、いつもよりほんのちょっとだけ緩んだ眉間のし わとか、見逃せるはずがないじゃない。第一ゾロが暇つぶしに誰かのことを眺めるなんてまずあり得ない。それくらいだったら目を閉じて仮眠に入るのよ、こい つは。だってこの男は、サンジ君とは正反対で滅多にその頭の中に他人を存在させないのだから。

「なァ、どれがいいかな?」

そんなことを考えていたらサンジ君がにぱっと笑って顔をあげて、私たち二人のことを視界に入れた。ゾロはその無駄に素晴らしい反射神経で一瞬で目を逸らし たから、二人の目が合うことはなかったけれど。

「あー、そうね」

私はちらりとゾロを見て答えた。辛口サラダで、いいんじゃないかしら。ゾロ、好きだったはず。サンジ君もゾロの好みでそれを考えたはず。ていうか何で聞く のだろうか。勝手に作ればいいのに。『や、別にこいつの好みで作ったわけじゃねェし。リクエスト貰っただけだから』っていう自分に対する無意識の言い訳か しら。だったらとしたら随分と安い言い訳だけど。

 そんなとき想定外の声がした。

「シーザーサラダ。ホウレンソウの」

音源を辿ってみれば、どう考えたてそこには暇そうに頬づえをついて窓の外を見たゾロがいる。

「おいおいてめェ。リクエストすんのはいいが、こっち見やがれ。それが人にもの頼む態度かおい」

一瞬びっくりした顔をしたサンジ君ではあったが、すぐに持ち直してそういつもの調子で言う。いや、いつもの調子で言いたそうだった。いつも程強く言えない のは戸惑ってるからだろうかと、推測してみる。『え?こいつタマネギのサラダ好きじゃなかったけ?』とか。

「あー、うっせえな」

一方ゾロはすうっと短く息を吸ってからサンジ君を睨みつけるように見上げる。リクエスト何て滅多にしないからだろうか、ちょっと耳の端が赤いのが私の位置 からだと良く見えて台無しだけど。

「ホウレンソウのサラダ。作れって」

「えっらそうに言うな。マリモの癖に」

「うっせェてめェが何が良いか聞いたんだろうが、アホ眉毛」

「あァ?これはおれのチャームポイントなんだよ。てか、てめェに聞いてねェよ。ナミさんに伺ったんだっ、おれは」

と言うと同時にしまったという顔をしたのが分かった。嘘つきと、私も思う。サンジ君はちゃんと私たち二人に向かって言っていたのははっきりしていた。何し ろ私たち二人をばっちり視界にいれて質問していたのだから。

「…へぇ、そうかよ」

ぴくりと唇を震わせて、ゾロが席を立った。そのまま椅子に立てかけてあった刀を持つとさっさとラウンジから出て行ってしまった。サンジ君の視線がそれを追 う。

 そして完璧にラウンジの扉が閉まると、一気にサンジ君が萎んだみたいだった。そんな様子のサンジ君も気になったが、自業自得という気もしたので、私はゾ ロの方を追いかける為席を立った。



 しばらくした後ラウンジに戻ってみれば、サンジ君はやはり落ち込んだ様子でタマネギを切って水にさらしていた。

「ねえサンジ君」

そう言えば、サンジ君は驚いた様子でタマネギを取り落とした。

「うわっ。ナ、ナミさん。いたんだっ」

もうおれとしたことが麗しのナミさんが入ってきたことに気付かなかったなんてぼーっとしてたよ。そうにへらとちょっと弱弱しく笑いながら言う。そんな様子 のサンジ君
を見て、私は思わずにんまりとしてしまう。

「サンジ君って、シーザーサラダ好きなの?ホウレンソウの」

サンジ君はきょとんとした後に、ちょっと元気になったようでいつもの様子を取り戻した。ハートが飛び交い始めている。

「そうなんですよナミさん。良く気が付きましたね。誰も知らないと思ってたのに。おれのこと見ててくれたんですか、嬉しいなァ」

私は思わず笑ってしまった。

「これね」

「はい」

「教えてくれたのゾロなの」

それを聞いた時のサンジ君の顔はそれはそれは見ものだった。きょとん、と目を丸くしたかと思ったら、じわりじわりと顔が赤くなる。そしてなんで赤くなって るんだろうとでも言うように、空いた左手で頬を押さえた。

「顔、真っ赤よ」

「い、いやこれは。え、なんで…」

しどろもどろ。いつもはすらすらと言葉が出てくる口から漏れ出すのは、どうにも要領の得ないことばかりだ。

「サンジ君とゾロって《水と油》よね」

「はい、そうですっ。もうあいつとは全然気が合わなくて」

私の言葉に、どうやら救いがあったようで、ぶんぶんと顔を縦に振る。その顔をみて、私はとびっきりの笑顔で続ける。

「おいしいドレッシング作ってね。サラダに。楽しみにしてるから」

再びサンジ君は一、二秒フリーズすると、意味が分かったのだろう、さっき以上に真っ赤になった。




 どうにも噛み合わないふたりは、今は水と油。

 でもいつかとびっきり美味しいドレッシングになったら、思いっきりからかって堪能してやるんだから。
 
 なにしろこれは超一流のコックが作る水と油の恋なのだから。




   text
 
ナミさんは既に思いっきりからかって遊んでるんですけどね。