告白する気なんて、本当は全くなかったのだ。
もっと言えば、好きになる気だって本来ならなかったし、仲良くする気すらもさらさらなかった。一体どこで道を間違えたのかとつくづく思う。こんなくだらないことで冷静さを失うなんて修行が足りない、とも。
まあ、だがしかし、いけなかったところは分かっている。こんなことになったのは一重にあいつの第一印象が最悪だったからだ。おかげで相対的に、あいつの
やることなすこと全部、全部よく見える。多分、そういうことだ。料理の話をしているときの楽しそうな顔がやたらめったら好意的に見えるのも、調理
中の少し猫背気味の後ろ姿を見るだけで、あいつの無意識に上がる口角が想像できるのも、初対面であいつがおれの夢を馬鹿にしたからだ。誰か困っている奴に
遠まわしに優しいところが目につくのも、体さばきが綺麗だと思うのも、一番最初はでろでろ、へなへなした軟派男だと思ってたからだ。ただ、それだけだ。第
一印象が最 悪だったから、やたら良いとこが目に付く。格好良く見える。意外だから、目が離せなくなる。そうに決まっている。
そうでもしなかったら、こんな気持ちになるはずなんかなかったんだ。
「あのさ」
切り口自体は大したことないのにぼたぼたと派手に血が流れるおれの指に、丁寧に絆創膏を貼るコックのつむじを見ながら話しかける。傷口というか手という
か、むしろ顔のあたりが熱いのは、情けないことに怪我しただけが理由ではなさそうだ。まあ、野菜の皮むき如きで指を切った時点で既に情けなくはあるのだ
が。
「おれ、おまえのこと好きなんだけど」
コックの常に気だるそうな目をじいっと二、三秒見据えてから、そう言った。言った瞬間に笑いそうな、鼻の奥がつんとするような不可思議な気分になる。そんな自分があんまりにも情けなくて、あんまりにも滑稽だ。
しかしそんな複雑なおれの心情をよそにコックは理解できないとばかりにゆっくりと瞬きをする。それを見て、どきりとしそうになった心臓を心の中で叱責した。
好きだ、なんて言う気はなかったのだ。ついさっきまで。なら、何故言ったのかといえば、唐突に面倒になったからに他ならない。コックを見るたびになんか
ドキドキするのも、なんとなく落ち着かないのも、あいつが絡むたびにいちいち冷静に判断できないのも、あいつが目に見える範囲にいるだけで集中力が欠
けるのも、何もかも嫌だった。いつか致命的な失敗をしそうだと、まさについさっき、嫌になった。
どうせあいつは極度の女好きだ。はっきり好意を示せば、ばっさり振って、気持ち悪がって、こっちを避けてくれるに違いない。まあ女好きじゃあなくたって、
普通の奴だってそうだろう。そう思ったから、言った。心が痛まないかと言えば嘘になるが、そんなことを言ってる場合ではなかった。刃物の扱いははっきり
言ってかなり得意だ。包丁は専門外だが
、それでもこんな失態をしたことはなかった。だからいつか戦闘中にもこんな馬鹿をするのではないかと、一瞬危機感を持った。
目の前のコックのきょとんとした顔が、現状を理解したのか目を大きく見開いた驚いたものに変わる。唇が動くのがやけにゆっくりと見えて、嫌でも自分が緊張して、恐がっていることが分かった。
足が出るか、それともお得意のマシンガントークで罵倒されるか、無視されるか。そう身構えた。だが…。
「ええと…悪ィ」
コックはちゃんとおれの目を見てそう言った。そして居住まいを正すように立ち上がった。
「てめェがそう思ってくれたのは、はっきり言って嬉しかったんだが」
その言葉に無駄に心臓が大きく鳴った。
「恋愛感情はねェんだわ」
そして、今まで見たことがないくらい優しく、笑った。
「でも、好きになってくれて、ありがとう」
もう本当に
はっきり言って嬉しかったんだが?ありがとう?にこっ?
…。
にこっ?
「お、おうっ」
おれはそんな返事とも相槌ともつかない唸り声を残して、慌ててラウンジを飛び出た。勢い余って、色んな場所にぶつかりそうだったが、そんなこと気にしちゃ
いられねェ。転がるように後方甲板まで辿り着くと、手摺りから身を乗り出して大きく深呼吸をする。動揺を押さえようとして出来得る限り速いテンポで息をす
るが、それでも顔が熱くなっちまってるのが分かった。首も耳もとにかく熱ィ。絶対に赤くなってる。
そして、心の中だけで叫ぶ。絶叫する。
な、なんなんだあいつはっ。そんなんてめェらしくねェじゃねェか。女尊男卑のてめェだろうが。いや、誰にでも本当は優しいのは知ってたんだが、普通気持ち
悪がるだろうがっ。てか、あの笑い方なんなんだよっ。ありがとうってなんだよっ。ばっさり振ってくれよっ。こちとら振り切りたいんだよっ。
馬鹿野郎っ。よ、余計に好きになっちまったじゃねェかよおぉぉっ!!
そっから先ははっきり言って地獄だった。
例えば、一例を挙げる。
いつだったか船長が大好きな宴があった。いつもの如く甲板で、だ。そんでもっておれはまあ、いつもの如く少し離れた所に座ってたんだが、嫌な予感がした。
つまみでも取りに行ったのかラウンジから出てきたあいつが目に入ったのだ。その時点で、無意識に目で探していたらしい自分が若干嫌になったが、どうにも目
を離せずにいたら、きょろきょろと周りを見回していたあいつとふと目があっちまった。なんとなくやばいっと思ったら、何故かこっちにやって来る。
いやいやいやっ!!
やめろ心臓に悪ィだろうが顔赤くなるだろうがどんな罰ゲームだよオイっ!!なんでこっちくるんだよっ!!
ウソップの隣とかも、まァ空いてるだろ。てめェが大好きなナミやロビンの近くでもいいだろうが。何故、わざわざおれのところ?
いや、分かってる。酒のつまみももってるし。何より気遣い屋のてめェのことだからさ。なんとなく一人だったおれを見過ごせなかったのは分かってる。分かってるけど、さあ。
「おい、クソ剣士っ。てめェ何酒ばっか飲んでんだよ」
てかおれ、告白したよな。そうだよな?で、お前断ったよな。避けろとは言わねェけど、わざわざ近寄ってくんなよ頼むから、ほんと。てめェだって男に好かれて気持ち悪ィだろ。なんでそんな楽しそうに話しかけてくんだよ。ちゃっかり隣に居座んなよ。
本当に勘弁してくれねェか。余計に好きになっちまうじゃねェか。
こんな風に思うことが多々続く訳だ。てめェ本当にラブコックかよと言ってやりたい。ラブコックとか名乗るんなら頼むから未練ねェようにばっさり振ってくれよ。
なァ、本当に勘弁してくれねェか。戦闘中に支障きたしたらどうしてくれんだよ。日々の鍛錬に集中できねェんだがどうしてくれんだよ。食事中それどころじゃ
なくてルフィに飯掠められることが増えたんだがどうしてくれんだよ。笑顔が格好いいなとか、ぐる眉が阿呆っぽくていいなとか末期症状でてんだがどうしてく
れんだよ。なァ?
多分好きになっちまったおれが悪ィんだけどさ。
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