おれがこのことに気付いたきっかけ、つまりはこの『え?これ何。おれってどうしたらいいの?てかお邪魔ですか。ああ、そうですよね。ちょっと居たたまれ
ないんで帰っていいですか』的な不幸のきっかけは、炭酸水だった。
だからおれ様は、この野郎同士のどうしようもない、でも何となく手助けしたくなるじれったい片思いを、文学的に《炭酸水の恋》とでも名付けてみようと思
う。
炭酸水の恋
唐突ではあるが、我らが麦藁の一味の食料の買い出しをする際、駆り出される確率が最も高いのは当然コックであるサンジであり、次いでいつだって力の有り
余っているゾロとなり、何故だかその次にランクインするのはこのおれである。勿論クルー一同がこのおれ様を頼りにしているから、と言いたいところだが、残
念なことに実際のところはと言えば多分消去法だろう。女尊男卑も甚だしい我らが優秀なる料理長は、当然女の子に荷物持ちをさせる訳もなく、チョッパーは大
概医薬品の買い出しが別にある。ルフィはと言えばこういう場面では役立たずというか、むしろ足手まとい以外の何物でもない。と、いうことで必然的に三人で
の買い出しが多くなる訳だ。
そしておれの不幸の元凶はそんな買い出しのとき、ちょっと休憩と島の情報収集とを兼ねて茶を飲みに店に入ったときのことだった。
おれは普通にジュースを、ゾロは当然という顔をして酒を(昼間っからしょーもないとは思うが、本人としては水なんかと同じ感覚なんだろうなァと思うと空
恐ろしい)、そしてサンジはと言えば、炭酸水、であった。
あの、シュワシュワと気泡を立てるあれだ。甘く風味づけされたあれ、だ。勿論おれは大好きだけど、なんかサンジのイメージとはかけ離れてるよな。うん、
そう思うだろう?
だけど更に驚いたのは、しばらく話しこんでいたらいつだって我が道を行くゾロが、珍しく興味津々にそれについてふれたからだ。
「なァ、それってうめェのか?」
「あ?あァ」
サンジもきょとんとする。おれだって同じ気分だった。そりゃゾロの言うようなことじゃなくてルフィが言うようなことだろ。
「一口飲んでみっか?」
「おう」
サンジが間抜けなきょとん顔のまま意外なことにゾロにそう勧める。ゾロはと言えばサンジからグラスを受け取ると、らしくない遠慮がちな一口を飲むと、途端
に思いっきり眉間にしわを寄せる。
「甘っ。んだこれ」
「あー、平野水?」
そうサンジがへらりと言う。
「呑んだくれのてめェのことだ。酒っぽいもん想像したんだろ」
「悪ィかよ。うわー、口ん中甘ったりィ」
そしてそのまま、てめェ、分けてもらってその言い草はなんだとか、うるせえてめェの趣味は餓鬼臭ェんだとか、てめェが親父臭ェだけだとかなんとか言って口
喧嘩に発展して(店の中だったから流
石に乱闘にはならなかった)、おれは散々な目にあった訳だ。
だけど別にな、これだけだったら、この超気遣いの人ウソップ様でも何も気づかなかったと思うんだ。確かに、マイペース街道まっしぐらで興味のないことに
は全く目がいかないゾロがサンジの飲んでるものに興味津々とか、サンジもサンジであっさりゾロに味見させてみたりとか、それらしい点もそこそこあるんだ
が、それはやっぱり気付くまでの積み重ねの一つでしかない訳だ。
では何故おれがこいつらの淡い恋心に気付いたかと言えば、単純にそれからも数度そんなことがあったからだ。ゾロが飲めもしない炭酸水を頼んで、やっぱり
一口飲んだら眉間にしわ寄せてみたり、そんなときにはサンジは何故かコーヒーとか無難なもん頼んでてわざわざ取り替えてやったりとか、そんなことが数回あ
れば、まあ、あれ?って思うよな。
んで、そう言う目で奴らの日常を観察すれば、あっという間に分かっちまうって訳だ。まあ、おれ様の素晴らしい観察力を持ってすればこんなもんよ。
何?驚かなかったかって?そりゃ驚いたけどよ。何せ恋愛感情とかあんのかって疑いたくなっちまうような超絶剣術バカのゾロと、お前女の子なら誰でもスト
ライクゾーンなのなって呆れちまうような超絶女好きのサンジだぜ。そりゃ驚かない方がびっくりってもんだ。
でもな、サンジの飯をやたら幸せそうに食べるゾロとか、ゾロが鍛錬してるのを普段ならあり得ないような優しい目で見てるサンジとか見てるとな。不思議な
ことに、こう、そういうもんかって思っちまうんだよな。
まあ、そういうことでおれはこいつらのコイゴコロって奴が分かっちまった訳なんだが、ここまではまあいい。ここからが問題だ。おれはゾロもサンジも仲間
として好きだし、その二人が両片想いしてるなら、無事に幸せになって欲しいとは思う訳だ。是非おれの見えないところで。何か居たたまれないからな。だから
これが見合いなら『じゃあ後はお若い二人で』と、おれの方が年下だけど、お邪魔虫はさっさと退散したい。
で、サンジにさり気なあーく、それとなあーく、二人で買い出しに行ってくれと頼んだのだが、これが見事にあっさりと玉砕した。
「あァ?おれにマリモと二人で買い出しに行けってか?」
と思いっきり額に青筋たてて言う。いやいやサンジ君。きみだって二人きりの方がいいだろ。ぜってぇおれ、お邪魔虫だろ。そう心の中でつっこむが、口には出
さない。この海のコックは強さでいったら分からないが、手が出る(この場合は足か)速さで言ったら、ナミと共に一、二を争う。痛いのはゴメンだ。
が、サンジはおれが答えあぐねているのを見ると、煙草の煙と一緒にため息を吐きだしながら、一転して困惑したように言う。
「なあ、ウソップ。頼むよ。おれ最近マジで困ってんだ」
「はあ」
「あのクソ剣士見てると今まで以上に苛々するんだ」
「はあ」
「なんでか分かんないけどあいつと二人だと、妙に上手く話せなくて煙草の減り速いし」
照れてんですねって初心かっ。
「チョッパーなんかと気持ちよさそうに昼寝してると、何故かトナカイ料理のレシピとか考えてる自分がいてある意味ホラーだし」
それはサンジ君、嫉妬って言うんじゃないですかね。え、ラブコックとか恥ずかしいこと自称してる割に全く気付いてなかったのか。
おれはほとほと呆れながらも、参考までに聞いてみる。
「ちなみにサンジって、ゾロのことどう思ってんだ?」
「あー、そうだな。クソむかつく寝腐れマリモだな」
そうとてつもなく生き生きした顔で言う。
「そういやあのマリモ色、おれの知り合いにはいなかったから染めてんのかなって思ってたら地毛なのな。まつ毛も緑でやんの。葉緑体でも入ってんのかねェ。
だってあいつ日に十二時間は絶対寝
てるぜ。植物と動物の間さ迷ってるとしか」
「あァ、分かったわ。ありがと」
長くなりそうなのでおれは強引に会話を終了させた。
つまり、そんだけ色々気になっちゃうほど大好きなのな。
しょうがないので、今度はゾロに頼むことにした。
が、こちらもやはり見事に返り討ちにあう。
「あァ?おれにクソコックと二人で買い出しに行けってか?」
そう本気で嫌そうに言ってくる。あれ?おれなんかこの会話、すっげェ聞き覚えあるわ。そう思うおれを尻目にゾロは続ける。
「あのクソコック、おれと二人だとなんか挙動不審になって、そっこー女の尻追いかけて行っちまって買い出しになんないぜ。まあ、女の尻追いかけてんのはい
つものことだが」
そうつまらなそうにいつもの仏頂面で言う。が、手は白い刀を絶えず撫でている。おれはゾロのそれが唇を撫でるとか、爪を噛むとかと同じ種類の癖だと気付い
ていた。
「あのエロコックが」
そうおれとは目も合わさずに、おれの思い違いかもしれねェがどことなく寂しそうにゾロは言う。おれは、ごめん、こんな話題出したおれが悪かった、本当にご
めんなさい、という何とも言えない気分になって、その話題を切り上げざるを得なかった。
と、いうことで作戦失敗したおれは今も三人で買い出しに行くはめになっている。
その度におれはやっぱり居たたまれない気分になったり、てめェらさっさとくっ付いちまえよとじれったく思ったり、ここはおれ様が恋のキューピッド役をす
るべきなのかと一人悶々としたりと、マジでいい迷惑なのだが、何故だかうんざりとは思わない。
だってこれは炭酸水の恋。
甘ったるくて、でも喉を焼く炭酸水を、おれたちは何でだか飽きもせずに飲みたくなるからな。
なァ、そうだろ?
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