蛇足


七月七日。河を渡った恋人達の逢瀬のとき。そんなときに少しだけ希望をのせた。

一体ここでどのくらいのときが経ったのだろうか。あいつと最後に会ってからどのくらいになるのだろうか。分からない。分からなくなる程度には長い時間なのだろう。それ

でも、待つ。あいつはきっと来るはずだから…



七月七日に君を待つ



「遅ェよ」

 長い長い、それこそ海なのではないかと錯覚してしまうような河で、一人ボートを懸命に漕いでいた。だが、海、かつておれらがいた海とは違ってほとんど波 はない。だからおれの心情には似合わず、どうも、えっちらおっちらとかいう音が似合いそうな雰囲気でボートは進んでいた。だからだろう。久しぶりに聞くは ずのその声は、少しの苛立ちを含んで降ってきた。

 見上げれば、どうにもワな雰囲気のする、途中で歪に分断された赤塗りの橋(出発してきた向こう岸にも、きっとこれと繋がっていたであろうものがあった)に腰掛けた黒いブーツと、特徴的な緑の頭が目に入った。

「遅ェよ」

目が合えば彼は不機嫌な眉間の皺を隠すこともせず、もう一度そう言った。相変わらずの可愛げのなさにおれは思わず笑いそうになった。感覚はどうにも追いつかないが久方ぶりのはずなのだ。それなのに彼は全く変わってはいない。それが無性に嬉しかったし、安心した。

「可愛くねェなァ」

ククと笑って、そう相手に聞こえるように呟けば、相手のこめかみにひしりと青筋が浮かんだ。だって仕方ない。つい先刻、というのには少々語弊があるが、少し前まで会っていた《彼》は、よくよく考えればとても可愛げがあったのだから。

「てめェ、どんだけ待たせたと思ってる」

「あァ、悪ィ悪ィ」

そうどこか浮かれて答えれば、彼はぎっと睨んでひょいとボートに飛び移ってきた。そして、らしくもなくぎゅうと抱きついて来て、おれは不審に思った。

「……ぞろ?」

「……お前の方が先にいったくせに」

ふてくされた様に言われて、おれははっとした。確かに実感は湧かないものの、どれだけおれはこいつを待たせてしまったのだろうか。それがはっきりしないの は、その期間中におれの記憶がかなり曖昧なこともあるのだが、それだけ長い時間が経ってしまったということもあるのだろう。こんな、気の果てるほど一人 ぼっちの場所に、それだけ長い時間彼を縛りつけてしまったということだろう。そう思うと、急に心臓が押しつぶされるみたいな罪悪感が湧いてきた。

「ごめん」

「迷子はおれの専売特許じゃねェのかよ」

そうやはりふてくされたように言われる。おれが知っていた当時の彼は決してそれを認めようとはしなかったのにと思えば、やはり会えなかった時間の長さをま ざまざと感じた。そして、その時間を一緒に過ごせなかった自分に、その時間彼とともに過ごしただろう誰かに苛立ちを感じずにはいられず、思わず当時の《い つも》の様に、悪態をつく。

「お前じゃあねェんだから迷ったりしねェよ。かわいこちゃんとデートしてたのでーと」
 そんなことを言いながらも、口から出たときには既にしまったと思った。彼の整った顔がくしゃりと歪んだからだ。幾分、おれの知らないうちに丸くなってしまったみたいだと、焦った。

「おまっ、昔はおれなんかいなくたって全然平気だったじゃねェかよ」

「うるせェよ」

そう言う彼は、目の縁を赤くしていた。

「おいっ」

その目の縁にそっと手を寄せて続けたら、ぱしりと軽く振り払われた。彼は似つかわしくない弱った声で続けた。

「うるせェよ。…もう戻ってこねェのかと思ったんだよッ。いつまで待ってもこねェから」

「ごめん」

「…謝るなよ」

彼は目をそらして言った。心配、してくれたのだと思う。すっかりいつもと役割が逆になったなァと思えば、彼も同じことを思っているのか心なしかピアスの揺れる耳が赤い、気がした。

「じゃあ、約束」

 次はぜってェおれが先に着いてお前を見付ける。迷子になるんなら探しだす。傘持ってさ。

 彼はぶすくれて頷いた。

「おれは約束破るヤツ好きじゃねェからな」

破ったら一生こき使ってやる。

 そう言うから、おれはそれじゃあどっちにしろ変わらねェよと笑ってやった。

 そうしたら彼はやっと笑ってくれた。いつぶりの笑顔なんだろうか。その顔に、おれは何故だかやっと安らいだ気分になれた。

「じゃあそろそろ行くか」

「もう、か」

「おれにしたらやっと、なんだがな」

そう皮肉っぽく笑った顔にやっといつも通りの彼を見て、彼が別に丸くなった訳ではないことにふいに気付いた。思わずくすくすと笑ってしまう。
 
 おれはそっと彼の手を握った。一緒に行けるのはすぐそこまでだ。そしたらしばらくはまたお別れ。だから、なるたけ優しく、でも手のひらと手のひらがぴったり重なるように。



「じゃあ、またどこかで」

 次に出会い直す、そのときまで。保証はない?そんなことはない。約束、したのだから。

 これで最後なんかではない。だから躊躇わずに手を離した。



七月七日。織姫と彦星が渡った河は、どこへと続いていたんだろうか。



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日記より大幅に加筆修正。余談、というか蛇足です。
ゾロがあんまりにもデレなのはどうなんだろうか……